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相談者 女子高生 10代
10代の女子高生です。
父の休日は食べる、寝る、テレビの繰り返し。他のことは何ひとつやりません。仕事は自営業で、「忙しい」と言う時期もありますが、一日中テレビがついているようで、ちゃんと仕事しているのか不審です。最近は夜遅くまでケータイをいじっており、50歳にしてケータイ依存症で、意味がわかりません。
私は物心ついたときから父が嫌いで、母には「お父さんみたいにならないように」と、育てられてきました。幼い頃、2月の公園の噴水で私が遊びたがるからと父が遊ばせ、私は肺炎で入院したことがあります。
父への感謝の気持ちはこれっぽっちもありません。老後の面倒を見る気はなく、のたれ死ねばいいと思います。お父さんと仲がいい友達がとてもうらやましいです。父を好きに……なろうとしても、いいところなんてひとつもないし、子供に無関心ですべて母に任せきり。最近は通知表も父には見せていません。
母は父との結婚は失敗と言っており、私は離婚してほしいのですが、経済的なことを考えると無理です。父がいる休日はイライラし、死んでほしい、殺したいという気持ちが強くなります。虐待でもされれば訴えられるのにと、楽しいはずの休日はストレスでつらくて泣くようになりました。どうすれば良いのでしょうか。思春期という理由で片付けないでほしいです。
回答者 評論家 岡田斗司夫「お父さんみたいにならないで」。母はいつも言う。
不思議です。あなたは女、父にはなれません。なるとすれば母親でしょう。
「お母さんみたいになっちゃダメよ。」こう言うべきです。
なぜ母は「私のような母親になるな」と言えないのか?ここがポイントです。「私のような母親」とはどんな母親でしょう。答えは簡単ですね。
自分に無関心・無頓着な夫と結婚し、離婚もできず、思いつく限りの愚痴を幼い頃から言い聞かせ、やがて娘が「父など死ねばいい」と思いこみ休日に泣いて過ごすように仕向ける母。それが「私のような母」です。
本当に最悪の父なら、なぜ母親は離婚しないのか?これも簡単、ちゃんとストレスのはけ口があるからです。自分の言い分を全部信じる娘に毎日悪口を言ってストレス発散してる。だから母は耐えられる。つまりあなたの犠牲の上に、母は暮らしている。
あなたの父親像は、母の愚痴でできている。寒い中、娘にせがまれて公園まで連れて行く父。はしゃいで寒いのも忘れ夢中であなたは噴水で遊んだ。でも風邪を引いたあなたに母は「父が悪い」と吹き込みます。繰り返される呪いの言葉が楽しい思い出を消してしまったのです。
人間は弱い。誰かの愚痴や文句を言わないと生きていけない。
母の不幸は、家に閉じこめられて、視野が狭いことです。趣味が「父のダメ出し→娘に吐き出し」だけ。こんなの誰の得にもなりません。
ではどうするか?あなたがこのマイナス連鎖を切りましょう。誘ってあげて、お母さんの興味を外に向けさせる。これができれば、状況はかなり改善されるはずです。お母さんと一緒に映画やショッピングや旅行をする。そのために、あなたがバイトをするのもアリ。お母さんにもパートを出ることをどんどん勧めましょう。
パートをすれば、お母さんの世界も広がるし、お金も、できることも増えます。本当に最悪な父なら、あなたと母が一緒に働いたら独立も可能でしょう。
難しすぎますか?じゃああなただけでも逃げてください。たった3人家族で2人が1人の悪口を言い合っている家は地獄ですよ。高校生ならもう働けます。
逃げなさい。さもなければ、母を助けなさい。
「人生の教訓」(作者不明)私の人生でまなんだこと・・・
6歳のとき
「きよしこの夜」を歌いながらいつも泣くから
わたしはその先生が好きなんだとわかった
7歳のとき
飼ってる犬もわたしと同じでブロッコリーが嫌いなんだとわかった
9歳のとき
田舎の人は 手を振ると
仕事の手を止めても 手を振り返してくれるんだとわかった
12歳のとき
お部屋を便利なように整えると
ママはもう一度片付けろと言うことがわかった
14歳のとき
元気になりたいと思ったら
誰かを元気付ければいいとわかった
15歳のとき
認めるのは嫌なんだけど
パパとママが厳しいのはいいことなんだとわかった24歳のとき
アドバイスの言葉よりも
何も言わずにそばにいてくれる友達の方が
心を癒してくれるとわかった
26歳のとき
わが子の髪をとかしてあげることは
ほんとうに幸せなことなんだとわかった
29歳のとき
わたしが行くところにはいつも
この世で一番運転の下手な人がついてくるんだとわかった
39歳のとき
誰かがわたしの悪口を言ったら
自分は 誰もそれを信じないような
生き方をすればいいんだとわかった
42歳のとき
本当は自分をとても大切に思ってくれているんだけど
その示し方がわからないだけという人がいることを知った
44歳のとき
ちょっとした手紙を送るだけで
誰かの一日をいい一日にできるんだとわかった
46歳のとき
自己嫌悪の強い人は
他の人を責める気持ちも強いとわかった
47歳のとき
おじいちゃんおばあちゃんと孫たちは
自然とチームを組むものなんだとわかった
48歳のとき
今日 何があろうと どんな悪いことが起ころうと
人生は続いていくし 明日はいいことがあるんだとわかった
49歳のとき
聖歌の「アメイジング・グレイス」を歌うと
とても元気になることがわかった
50歳のとき
ホテルのベッドのマットレスは
電話の傍じゃない方が寝心地がいいとわかった
52歳のとき
この3つのことをどう処理するかで
男の人はだいたいわかると知った
雨の日
なくし物
こんがらがったクリスマスツリーのライト
52歳のとき
自分で野菜畑を作るのは
いっぱい詰まった薬箱と同じ価値があるとわかった
55歳のとき
親とどういう関係にあろうが
親が死んだら本当に悲しいものだということがわかった
58歳のとき
「生きること」と「暮らしていくこと」は
違うんだとわかった
61歳のとき
子供に良くしてやろうと思ったら
まず自分の夫婦関係を良くしなければいけないとわかった
62歳のとき
人生には二度目のチャンスが与えられているとわかった
64歳のとき
両手にキャッチャーミットを持ってたらいけない、
何かを投げ返せるようにならなくてはいけないとわかった
65歳のとき
幸せそのものを追い求めればそれは逃げていくけど
家族と、他の人の必要と、新しい出会いと、
ベストを尽くすことを心がければ
幸せが自分を見つけてくれるんだとわかった
66歳のとき
優しい心で何かをする時
それはたいてい正しいことだとわかった
72歳のとき
誰にでも祈ることが必要だとわかった
75歳のとき
奇跡を信じる者は報われるとわかった
実は わたしもいくつか奇跡を目撃したので
82歳のとき
苦しみがあっても
誰かの苦しみの種になる必要はないとわかった
85歳のとき
毎日誰かと触れ合うことが必要だとわかった
握手でも、抱擁でも、軽く背中をなでてやることでもいい
人は人のぬくもりが必要なのだと
92歳のとき
まだまだ学ぶべきことがたくさんあるということがわかった
